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2013-11

秋イカ閉幕 131019

秋イカ閉幕
131019.jpg
何でも、結構、サイズがいい秋烏賊が釣れているらしい。
ポイントのエギングダービーも、ボートエギングもOKになったらしい。

そんなニュースを聞き、本日、久々にティップラン用のロッドを携えて、西へ、行ってきました。
もちろん、家族にはいつものように、「今日は烏賊狙い、烏賊尽くしだから、刺身とバター焼きの準備を宜しく・・・、最近、新顔も増え、ミャーミャーうるさいから、猫どんにも大量に与えて腰を抜かせるか」。
頭の中は、既に、たくさんの烏賊様料理で占められて、いました。

早朝3時半に家を出て、6時には到着。
雨がやまないこともありましたが、齢、ですかね。
着いても、眠さはピーク。
一時間ほど仮眠。
結局、出港は7時30分ぐらいだったと、思います。

まずは、水深15mラインで様子をみよう、と、春以来のティップラン。
やはり、ロッドに付けたままだった、エギを投入。
確か深さや潮によって、シンカーの号数を調整していたような。
どのエギが、どの状況でよかった、悪かった、の憶えもなく。
どんなシャクリを入れて、どんな状態であたりを待つか、遠い記憶をたどってみますが、数回のチャレンジ後、着底を見逃したわけでもないのに、いきなりの、根がかり。

貴重なエギをロスト、リーダーも海底のゴミにしてしまいます。
未熟な腕を反省しつつ、老眼には厳しい、細糸の、リーダーをなんとか結びます。
PEを巻きこみ過ぎたため、また、一からガイド通し。
揺れる、狭いゴムボートの上で、格闘しながら、もとのシステムを作ります。

よし、準備はOK。
烏賊様は、待ってくれている。
あとは、どのエギさんが、はまるか?

と、道具箱を開けてみると・・・。

あー、やってしまった。
エギのケース、どこにも、なし。

烏賊様を狙いに来たのに、エギングの道具、なし。
どうしようもなく、齢、ですな。

秋烏賊チャレンジ、わずか、10分で、終了、でした。

来週は仕事も多少忙しく、週末には豊かな海、何とか、で、天皇ご夫妻が来熊だとか。
一杯の秋烏賊様にも会うことなく、このまま、寒い冬を、迎えるのでは、という気がしてます。

さあ、春烏賊に、期待だ。

またしても、齢の・・・、いや、若い時も時々あったですね。
大事な荷物の積み忘れ。
釣りでも、仕事でも、そして人生でも。
もしかしたら、言い訳の余地を残しておくために、人間はチョンボをやるのかも、しれません。
なーんて、またこれも、言い訳、か。
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平日は池作り 131012

平日は池作り
131011.jpg
年齢が上がってきたせいですかね。
若い頃は全く興味なかった花や樹木、ガーデニングですが、目立たない花をつけたり、わずかな香りを感じたり・・・。
今まで気付かなかった庭の自然が、急にダイナミックなものに思えてきます。
釣り、なんて疲れるばかりの、そして魚の生命を奪う残酷な趣味はやめて、これからは、ガーデニングだ、庭いじりだ。
我が家の狭い、庭。
生垣は生い茂り、地面のレンガブロックまわりのセダムもいい感じになってきたが、何かが足りない。
そうだ、池だ。
水を貯め、これまでの供養代わりに魚を放して、マイナスイオンたっぷりの、アクティブな池が欲しい・・・。

ということで?
行楽日和が続く、という天気予報が出ている、連休。
校区運動会やら、藤崎台やらで休めない私は、その前日の昨日、東海岸へ、行ってきました。

午前中は雨が残る予報でしたが、まとまった雨になるのは早朝だけの予報。
7時に港に着いてみると、確かに激しい雨が、降っています。

眠さもあって、車で仮眠。
ようやく雨があがり、青空が見えだしたのが、10時頃だったでしょうか。
急ぎ準備を開始、小さい潮の割には、相変わらず渦潮が巻いている、沖を目指します。

満ちの潮と、南西の風が一致するため、ボートは4km/h近くで流されますが、青物には丁度いいかも、と、いろんな軌跡でジグジグしますが、全く反応なし、ベイトも不在。
前回の牛深、前々回の山の浦で経験した、青物入れ食い状態には、一向になってくれません。

最干も近づき、潮もだいぶ緩んできたため、では、鯛ラバで赤様を狙おう、青物は引きの潮に期待しよう、と、いつもの実績ポイントへ向かった13時、頃、だったでしょうか。

空は快晴近くまで回復し、日焼け止めを塗ってこなかったことを後悔していましたが、ふと周りを見てみると・・・。
牛深や浅海湾方面がいつのまにか、真っ黒な雲に覆われ、降雨しているだろう、濃い霧状の塊が、間違いなく、こちらにも向かってきてます。

幸い、雷鳴は聞こえないため、まあ、暖かい季節の雨だ、濡れても気持ちよかろう、と、覚悟を決め、合羽も上着だけ着て、財布や携帯をケースの中へ。

さあ、来い、雨さん。
これまでの不調が一瞬で変わるような、恵みの雨を・・・。


すさまじい、豪雨、でした。
下半身はもちろん、帽子や合羽を着た上半身も、下着までじゅっぽり。
時間にすれば、20分ほどの降雨でしたが、その勢い、といったら、全く前が見えないほど。
いつぞやの、ヤマハの大会や夏合宿が思い出されます。

そして・・・。
ははは、予定通り、ですね。
ボート内は、弁当のゴミがぷかぷか。
立派な、立派すぎる、池、の完成でした。

通り雨が過ぎ、再び快晴となると、期待したように、風はなくなり、海面はザ、凪。
小規模ながら、ナブラや鳥山もできてきます。

重くなり、全くスピードが出ないゴムボートで、追いかけますが・・・。
いつの間にやら、赤島から遠く離れ、戸島近くに鳥山が移動。
引き潮のスピードもあがり、帰りのことを考えると、さすがにこのボートであそこまで行くのはまずかろう、と、なくなく撤退。
ついに、今回は青様、坊主、でした。

濡れた体に風を受け、やや寒さを感じだしたため、15時頃、陸上がりを決意。
最後にと、実績ポイントを流すと、がしっ。
スロージグに60~70だろう、赤様が来てくれ、とりあえず土産は確保できた、と喜んでましたが、残り10mほど、タモを準備する時に、ややラインを緩めてしまったんでしょう、ふっ。

活性がもどった、と、急ぎ同じ軌跡を、数回流してみますが、来ず。
またまた、厳しい、山の浦釣行、となってしまいました。

まっ、池を作りに、行った、わけですから。
まっ、釣りをやめて、ガーデナーになろうと、考えたわけですから。

次は、どこで池を、作りますかな。

あーあ。

またしても、貧果の言い訳日記、です。
多少、連続した青物の良釣果が忘れられず、もっと大物とのやりとりを夢見て、出撃するんですが・・・。
まだまだ、です。

増税 120628

増税
見るのも苦しいくらい、政界はぎしぎしいっているようだが、一体、何をやっているんだろうか。
造反ではなく、こちらに義がある。
増税の前にやることがあるだろう。
と、おっしゃり続ける小沢さん、そして国会議員にベテランも実力者もないだろうに、小沢さんに群がる輩、ほとんど宗教団体のように思えてくる。
一年生議員は疑問に感じながらも、そのままでは再選できないからの行動だろうが、メガネやヒゲのベテラン議員がTVに出る度に、気持ち悪く思うのは私だけじゃないだろう。
議会制民主主義で、政党の決定事項に従うことができないなら、投票前に、党を出ればいいじゃないか。
棄権、欠席するなら、国民に選んでもらった議員の資格はもはや、ない。
辞任し、すぐ補欠選挙をするべきだろう。

マニュフェストにうたってなかった、国民との約束はやぶれない・・・。

誰が、選挙前に、増税しますよ、という党に入れるかい。
選挙民は大まかな考えや流れを変えたくて党を選ぶだけなのに、その後の社会情勢の変化に対応できないマニュフェストを、契約書と誤解する。

増税の前にやることがある・・・。
そりゃいっぱいあるだろう。
しかしそれを実行できてこなかったのは、小沢さん、そのものだろう。

民主党もきらいだが、小沢保身教はひどすぎる。
すぱっと、切ってほしいもんである。

前にも書いたが、何故日本全体の運営を任せる国会議員が、各地方で選ばれるんだろう。
利益誘導が政治家の仕事じゃないとすれば、地元で議員を選ぶ必要は全くない。
政党政治もいいかげんだから、国会議員の数を大幅に減らして、比例区じゃなく、全国区、ひとつでいい。
TV映りがいい人、しゃべるのがうまい人、つまりタレントが通るんだろうが、国会議員も、タレントにあふれた人じゃなくて、どうするだろう。

新聞の声欄等をみると、一般の人にも、増税お断り、マニュフェスト違反だ、と声を荒げる人も多い、ようだ。
しかし、そもそも消費税に限らず、国に所属し、恩恵を受ける人は、対価を払う必要があり、諸外国と比べるまでもなく、江戸までの年貢比率等に対して、極論すれば、無きに等しい。

日本の国力に対して、個人の労働収入が増えすぎ、人件費のレートが実質と相当ずれてしまっている。
結局、高い金は得るが、日本人が大好きな消費にまわる金額も高い。
企業はさらなる利益を求めて、国外へ出ていく。
年寄りはお金を貯め込んで、消費行動をとらない。

デフレ、デフレといいながら、外国に比べればまだまだ消費者物価は高い。
おそらく、全労働者の賃金を半分にしないと、国力にあった、貨幣価値とはならないんだろう。

増税なんてみんないやだろう。
でも、なんでそんなに慌てるんだろう。
一度増税と国が決めても、次の選挙でまた5%、いや0%だっていい。
増税が自分を含め、国民のためにならない、と考えたら、選挙でまた逆の結果にすればいいだけじゃないか。

慌てる国会議員。
慌てる一般市民。

なーんか、おかしい。

mixiではこれが最後の日記でした。
最近の報道では、mixiがかなり、やばそう、とのこと。
私も最近はFBばっかりで、すっかり長文の日記を書かなくなって久しいですが、時々は時勢に反する意見を吐露したい欲求はいまだにあります。
新しい、SNSの出現が、待たれるところです。

新聞釣り欄 120623

新聞釣り欄
我が家では、朝日と地元の熊日をとっているが、最近その記事の対比がブームとなっている。
中央政治、国際問題の情報はもちろんだが、地元TVが扱う小さい話題も、場合によっては朝日の方がオリジナリティを出している場合も多く、おいおい、地元の新聞、頑張ってくれよ、と思うことも多い。
当然ネットがこれだけ色んな意見をパラレルに提示する時代、それを読む私の視点は、朝日にしても、TV朝日にしても、ほとんど真実は逆が正、だと感じているのは別にして。

朝日と熊日、もともと、全国紙と地方紙であり購読者数は比較にならない。
地方紙は、かつて熊日で連載された、木島さんの若かりし頃の、近代建築再発見、保存運動の企画等、ある特異な記者がいて、公的権力に与しない、ある特異な編集者がいて、はじめて輝ける新聞なんだろうが、地元熊本に帰郷以来、ここ数年の熊日の記事を読むにつけ、ローカルに頑張って欲しいと思っている我々のような人間を、納得させるに足りる企画に出会えるのは、残念ながらほとんど、ない。
地元では大企業となってしまった、地方新聞社の、硬直した組織を見るようで、悲しい、寂しい、と感じているのは、きっと私だけではないだろう。

特に、この数カ月、同じテーマで書かれている、しかも同日に掲載される、釣り欄に、趣味が釣りであることからも、興味が行ってしまう、無意味なことであろうが、比較してしまう。
朝日では、全国紙の看板、プライドを捨ててしまったのかとも思えないこともないが、一般読者、一般釣り人の記事を掲載する。
もちろん、編集者の度重なる推敲を経て、の記事だろうが、荒々しい、素人の文章を掲載し、臨場感あふれる、楽しい読み物となっている。
一方の熊日では、釣りライターと呼ばれる専門家が、こと細かに、釣り場の状況、仕掛け、テクニックを記載し、その記事さえ読めば、その場に行きさえすれば誰でも、同じように、たくさんの魚を釣ることができるように書いてあり、巷で数多く販売されている、釣りの教科書もどきが、毎週、季節のターゲットに応じて、掲載されている。
さすがに、総字数等は綿密に計算されているような慣れた文章で、落ち着いて我々読者は、その教科書的記事を読むことができる。
釣り初心者にとっては、もしかしたら、ありがたい記事なのかもしれない。

が、だ。

何故だか、釣りを多少かじる私にとっては少なくとも、熊日の釣り欄に魅力を感じることが少ない。
荒削りだが、あんまり好きな新聞でもないが、朝日の記事に魅力を感じてしまう。
自分でも同じ経験をしに、いますぐ海に行ってみよう、という気にさせてくれる。
釣りをしない人が、釣り欄を読むかどうかはわからないが、仮に読むなら、圧倒的に朝日の記事に、時間をさくであろう。

素人が書いただろう文章と、専門家が書いた文章。
一体、何が違うのだろうか?

起承転結を目指しながら、無駄だとも思える、釣りに対する期待感、感情を吐露するあまり、前半に力点を置きすぎて、残りの字数を気にし、ついには強引に最後を締めざるをえない、悲しいかな、素人の文章。
必要な情報はコンパクトにまとめ、それなりに臨場感を味付け、付加する専門家の文章。

結局、その大きな違いは、まずは、主たる読者をどの世代、どれくらいの釣り経験者に絞るか、という編集者の意図によるんだろう。
朝日の釣り欄は、週によっては仕掛けの説明も、釣り船の紹介もない。
単に、その記事を書く釣り人が、何を考え、何を感じたか、のみ、のことも多い。
新聞における釣り欄、の当初の企画意図、おそらく旬な釣り場情報の提供とともに、新しい釣り文化の発掘、釣り人口の増加、最終的には購読者数の増加に寄与、というものだろうが、一見、朝日の記事は、読み物にも近い。
だが、その感情のリアリティを比較する時、圧倒的に、熊日の専門家を上回っていることが多いのである。

そして両紙の記事が我々読者に与える印象を決定的にしているもの・・・。

おそらく、記事を書く人間が、どれくらい、釣りという行為が好きか、という問題、そして本質なんだろう。
素人釣り師は、自分の狩猟本能を満足させるために、自分の少ない経験と知識にもかかわらず、獰猛に、純粋に目的の魚を捕獲せんとし、その押えがたい欲求、感動を結果の良否にかかわらず、そのまま文字に置き換える。
一方、職業として記事を書く専門家は、どうしても先にシナリオを考えてしまうに違いない。
自分の文章でブームを起こし、ある時は船宿を、釣り具メーカーを、釣り具小売店の売り上げを伸ばそう、と、信じたくはないが、そう思うことも正直、あるだろう。
記事原稿を書くことで、代価を得る職業は、新聞にかかわらず、雑誌、書籍、他のメディアでももちろん、釣りの世界に限らず存在する。
自分の好きなことが、仕事にもなる。
我々、設計の仕事も、そう感じている人も、私を含め、多い。

だが、好きだ、欲求がある、のステージから、一度、それで報酬がもらえる、と考えたら最後、その熱い気持ちから純粋さが、少しずつ、逃げていく、漏れていく、欠けていく。
知らず知らずのうちに、釣りが好きだ、という本来の自分の気持ちを忘れ、記事のための取材、記事のための釣り、ということに、どうしてもなっていくに違いない。
熊日の釣り欄の、わくわく感が伝わらない、パワーのない、でも上手な文章、記事に、その悲しさを思う。

気持ちを文字に置き換える時、その熱を伝えられるか。
熱い文字と、冷たい文字。
それは、文才とよばれる才能だけの問題ではないのでは。

そう思う。
頑張れ、ローカル紙。

熊日化石新聞 120531

熊日化石新聞
何となく熊日の夕刊をめくっていると、今日の発言、に排出権取引の記載。
まだこういう妄想を、信じている人がいることに驚き。
純粋なんだろうな。
「地球環境を狂わせかねないことを忘れてはならない・・・」
忘れたくないんだろうな。
騙された私がバカでした、と忘れればいいのに。
一時期、日本が二酸化炭素削減に後ろ向きだと、化石賞をとった、と話題になったが、今となっては、こういう人がいることが・・・化石。
熊日に、自己主張はないんだろうか。
笑う、しかない。

がれきを受け入れよう 120321

がれきを受け入れよう
熊本の海運組合が天草地域への、東北のがれき受け入れを進言したそうな。
不況が続く海運業界の、あからさまな利益誘導なんだろうが、日本全国、絆という文字を旗頭に、補助金欲しさに、がれき受け入れが各地方自治体で論議されている。
自分では何も先頭にたって判断しない、我が県のばか島知事は、水俣の審査基準は国が決めること、がれき受け入れは該当自治体が決めること、と相変わらずの姿勢だが、対抗馬もいない選挙、不在者投票に行くのさえ、ばからしい。
韓国みたいに、誰かを入れない、入れたくない票を集計するシステムが欲しいもんである。

がれき、に県境はない。
粉末や液体ならまだ知らず、様々な形状のがれきの、放射線量を測る手段はない。
焼却後の灰は測れても、燃焼ガスを測ることはできない。

復興、絆の名のもとに、全体の1/4にも満たないがれきの処理を巡って、日本人、日本の自治体をリトマス試験紙にかける。
幸いにも、放射線が飛来しなかった西日本を、今後数百年、残存し続ける放射線に晒す。
アメリカのような大国なら、州の一部に過ぎないような、日本国土の中で、危険物質を動かす。
都道府県単位じゃなく、宇宙から日本という陸地を眺めた上で、政治家には判断してもらいたい、と思う。

そもそも、福島も、東京の電力を産み出すための、被害。
福島や近隣県で処理できない、がれきは、東京に持っていくのが筋だろう。
皇居のお堀を埋めよう。
津波の被害が予想される東京湾を埋め立てよう。
スカイツリーもいいけど、地震や台風、テロには弱かろう。
まわりをがれきで埋めて、新東京富士山を作ろう。

石原さんは、日本人なら当然みたいな話をするが、それは違う。
東京人なら、当然、と思う。
東京に住む、罪、異常さ、を感じてほしいと思う。

近々の大地震が予想されながら、誰も逃げ出さない、東京。
今の状態で東京が壊滅的な被害を受ければ、この日本の実態がなくなることは、想像に難くない。

自分はもちろん、子供、孫の世代まで放射線の影響が危惧される、がれきは広めてほしくない。
焼却処理は東京でやって欲しい。

その代り、東京の生ゴミ、埋め立てゴミ、資源ゴミは地方が受け付けます。
なんで、そんな自治体が出てこないんだろう。
不思議に思うのは、私だけ?

花火 110920

花火
まだまだ続く、ばかな話、ということか。
豪雨に襲われている愛知県、そのとある市で、福島県産の花火を使う大会を中止したことに、避難、じゃなく非難ゴウゴウ、とか。
テレビでは、名古屋大学の先生が、そこまで気にする必要はない、風評だ、と。
おそらく放射線被害を恐れる一般市民が、中止を要望し、また花火大会を楽しみにしていた、やはり一般市民が、非難を寄せているんだろう。
間で困っている、主催者や自治体職員。

食料品は福島県産を買わない愛知県民も、花火なら自分に害はない、と思うんだろう。子供に害はない、と思うんだろう。
自分の感覚、想像だけで、安全、危険を判断する。

普通に考えれば、原発からごく近いところで作った花火。
火薬だって、紙だって、梱包用の包みだって、特別除染しない限り、一般レベルの放射線量はあるに違いない。
燃やしても放射線量は減るわけじゃないから、その煙を吸えば、当然福島の空気中と同僚の放射線を、内部に貯め込む。

京都の大文字にしても、ガレキの全国処理にしても、福島の放射線を全国に拡げる結果になることは、風評でもなんでもない。
残念ながら、事実、である。

抗議に困った主催者は、来年使います、と宣言したらしいが、ちゃんと放射線量を測ってから、しかもあやふやで常時変化する、国の基準値より大幅に下回らないと、難しい話だろう。

川が海になり、汚染物質の濃度が希釈されるように、福島の放射線を全国に薄くばらまく。
それはそれで、解、なのかもしれない。

しかし、何十年、何万年と無くならない放射線。
風評と事実。
あまりに一般市民の意識は、誤解だらけじゃないだろうか。
感情だけで、あなたの子孫を、守れますか?

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プロフィール

今日も時化た

Author:今日も時化た
熊本へ戻って以来、釣りに行きたい病が復活。
船外機付きゴムボートで天草の西へ東へ。
「釣り、たまーに仕事」をモットーに、これからも頑張ります。

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