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2019-01

僧侶の死 170119

僧侶の死
170119gakurinji.jpg
この齢になると、色んな葬儀や通夜にも参列していますが、坊さんの通夜参列は初めてでした。
坊さん、医者・・・。
日頃、生命を扱う、あるいは関係することを仕事とする職業の方の、死。
誰もがいつかは死を迎えることはわかっていても、やはり不思議な感覚を覚えます。

檀家になっている、岳林寺の、前住職の訃報。
享年81歳。
数年前に、寺の裏山の竹林で足を滑らせ、後頭部を痛打。
不随となり、意識もあやふや。
俗世間では言う、植物人間に近い状態、でした。
今でこそ、息子さんが立派な跡継ぎとなられていますが、私が幼少な頃からお世話になっていた、前住職。
やはり、その遺影は懐かしく、御冥福を祈らずには、いられません。

政治の世界では、何の目的か、高齢者という言葉を、65歳から75歳に引き上げる、とか。
今の日本人の寿命、年金制度・・・、さもありなん、とも思いますが、親と同居し、看取り、叔母等の介護を経験してきたことをかえりみると、一体、今の日本人、体だけ長生きして、本当に家族や本人も人間として幸せなんだろうか、とも、正直、思います。
これからますます、医療は進歩し、がんでさえ、死の病ではなくなる、のでしょう。
健康診断も受けず、医者きらいで、がんは、おそらく人間が誕生の際に与えられた生命の時限装置に過ぎないと考える私。
ぼける前に、逝ってしまった、親不孝なんでしょうが、逝ってくれた、私の両親。

なんちゃって仏教徒の私ですが、毎月の月命日に訪れる坊さんの御経の一文に、「生をあきれめ、死をあきらめ」というフレーズがあり、眠気を我慢しながらも、そこだけは耳を澄ましています。
もちろん、あきらめ、は「諦め」ではなく「明らめ」。
曹洞宗の独自の御経らしいですが、ネガティブな諦めではなく、ポジティブに、生とはなにか、死とはなにか、を突きつめていく。
いつでも死を恐怖ではなく、あたりまえのこととして、生を熱く、太く・・・。
平均寿命が80を超え、同居世帯でも、孫の世代は実家を離れてしまうことも多いことでしょう。
人間が弱り、やがて死を迎えることを、実際に体験できない。
約30年を代変わりの周期とすれば、数十年前のように70代でほとんどの人間が天寿を全うすれば、孫の代も、死にリアルを感じることができるのに・・・。

ベナレス、ヴァーラーナースィー?のガートの向こうに見える、真黒な対岸の様子を思い出しながら、ほんの100年の間に、2倍以上に伸びた、伸びてしまった、日本人の平均寿命の、喜び、そして哀れみを感じながらの、参列、でした。

私の建築の師匠は、二人とも55歳前後で永眠。
20代の修行時代は、ほとんど睡眠をとらないで、仕事をする、この業界。
短命なのは、しょうがないのかも、しれません。

生に感謝し、熱く、考え、行動し、遊ぶ。
その年齢に、近付きつつある、私。
一日一日に後悔しないよう、生きる。
そうありたいと、改めて考えさせられる、今日の、通夜でも、ありました。



ということで?、昨日、そう、平日。
熱く生きようと、南の海へ釣りに行ってきましたが、またしても、貧果。
大物を釣りたい・・・。
煩悩は、まだまだ、とどまりたる、ためし、なしです。
まだまだ、ですな。
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Author:今日も時化た
熊本へ戻って以来、釣りに行きたい病が復活。
船外機付きゴムボートで天草の西へ東へ。
「釣り、たまーに仕事」をモットーに、これからも頑張ります。

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